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その33    03・02・16 「飛行機乗りだった児島のじいちゃんの話」

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さすが本業!

みなさんこんにちは。お元気ですか。2月に入ってからわりと暖かい日が多くなり、畑に積もっていた雪もだんだんと融けてきて、ついにここ3日ほど前に地面が顔を見せ始めました。


雪があると日光の照りかえしがきつくてサングラスをつけないと目が痛くなってくるほどだった畑もようやく落ち着いてきて、立春も過ぎたしこのまま春になってくれるのかなーという淡い期待もつかの間、今朝から降り始めた雪でまた15センチくらい積もったのでまだ春は先ですね。


早春賦で詠われるうぐいすの気持もこんな感じなんでしょうか。今日は夕方まで雪が降り続いていましたが、剪定を進めないとほんとに春が来てしまうので今日は雪の中で鋏をカシャカシャ動かして桃畑で仕事をしていました。あと一息で桃は一段落して次はりんごです。昨年より畑が増えているので気が急かされますが素人は素人なりにも、樹一本一本に集中して進めたいと思っています。


さて今年からりんご畑を貸して頂いている児島さんという地主の方の家へ、賃借契約書というものを交わしに行ったのが1月の終わりです。三郷村の住吉地区という田園地帯の中にある家ですが、「住吉の児島良人さん」と聞けば「あそこの家だね」とすぐに出てくるのは一年半だけですが三郷の宅急便ドライバーをやっていたおかげ。


ここからの北アルプスの眺めは素晴らしく、安曇野らしさという点に於いてはまさにそれを実感できる場所だと僕は思います(何が「らしさ」なのかは奥が深いですが)。息子さんを早くになくされて畑の後継ぎがいないので知り合いを通して紹介してもらったのです。児島さんの家に着いたのはもう夕暮れ時で、灰色の空から今にも雪が落ちてきそうな寒い日でした。


挨拶をして部屋へ上げさせてもらいコタツに入って契約書の内容を確認してはんこをついたら用事は終わりですが、いろいろと話をしていたら突然に、そうまさしく突然に児島さんが「おらあ若い頃は戦闘機に乗ってアメさんとさんざ戦争やっただよ」と言い出したのです。


「エッ!戦争ですか?!」 「そうせやあ、目の前真っ赤になるまで空の上で弾の打ち合いさね」  契約書には生年月日を書く欄があるのですが「大正13年3月14日」とあります。歳を聞くと79才との事。おな漬(野沢菜漬)やせんべいやお茶を出してくれて話の輪の中に入ってきたおばあちゃんも78才です。膝の上に白い猫を抱いておじいちゃんの話に時々相槌をついています。お二方とも見た目にはそんな歳に見えなかったのですが、この歳まで現役でりんご畑3反歩を世話してきたという事実認識と同時に、いきなり60年近く前の太平洋戦争の話が始まったものですから、この先どんな話になるんだろうとじっと聴いていました。


「目の前が真っ赤っていうのは、弾道が確認できるように打ち落とすための弾のすぐあとに赤い筋の見える弾が出る仕掛けになっておるんやね。連射が続くともう目の前は真っ赤になる。しばらくラバウルの基地にいてね。飛行機乗りの仲間たちで大きな部屋で寝ていたんだがね、おかしいな、あいつ今日はなかなか帰ってこないぞ、朝起きてもいるはずの布団にねてなかったりしてね。そうやってだんだん寝る所があいてくる。つまりアメさんの飛行機に打ち落とされたって事ね。だけどね不思議と怖くはなかった。怖いなんていってたら戦争にならんじゃろ。空の上で1対1で対決してもたいていは大丈夫だった。ゼロ戦はほんとに優秀な戦闘機だったね。だけどアメさんもだんだんすごい飛行機を作ってきてB26だったか29だったか、片側4門計8門の機関銃に狙われたときはたまげたね。これは1対1じゃ危ないから何機かで編隊を組んで飛ばないとだめだったね。終戦近くになってくるとね、特攻隊の出撃命令が何月何日は誰、何月何日は誰と黒板に書かれて、飛んでいったやつは一人も帰ってこなんだね。わしの名前が書かれるより前に終戦になったんで今ここでこうやって話ができるという訳だがね。」

他にも軍隊時代の話をいろいろしてくれたのですが、なぜそんなことを話す気になったんだろうと今思い返しても不思議です。


児島さんは決しておしゃべり好きの部類ではないでしょうしどちらかというと口下手な人に見えます。酒が入っていたとも思えません。「はあ、そうですか、はあ」と聴いている僕にとつとつと語り聞かせてくれたのでした。


児島さんの語る、死と隣り合わせの状況なんて、今の僕では気がどうにかなってしまうんじゃないかという気がします。精神も体力もその頃の若者に比べると僕なんかは比べ物にならないほど脆弱です。軍隊では精神棒で尻を思い切りぶん殴られたとかでそんなことをして精神が鍛えられるとはあんまり思えませんが、79才まで畑に出て3反歩のりんごを取っていたという事実には驚きますし(りんごの入ったコンテナ約20キロを担ぎ、樹の高さ約4メートルまで昇ったり降りたりしていたということ)それだけ元気に働けるのは若い頃にうんと鍛えてある顕れだと思います。「りんごはやめるが家の裏に田んぼが5反あるでそれはまだ作るつもりでいるから(去年までも田んぼもやってたんだ!)そんな簡単にはボケないから心配しなんでね」などと言っておりました。



児島さんの家を出る頃はもう真っ暗で、案の定雪が降り始め、雪道をヘッドライトで照らし軽トラを4WDにして家まで帰り着きました。地主の方とこんな風に話ができてよかったと思いました。なんと言っても信頼関係で成り立つことです。契約書も私の書いた原案をよく目を通してもらい快諾して頂きました。本気で農業をやりたいという気持を表すためにも契約年数18年とさせてもらいました。果樹は一度植えると寿命が長いのでこれでも短いぐらいかも知れませんが。


さて先回お知らせした、「一緒にりんごの苗木を植えませんか」の話、幾つか反応をいただきました。どうもありがとうございました。次回のお便りで詳細をお知らせします。多分4月中旬頃の土曜日・日曜日あたりで、皆さんと苗木定植と若木の移植をやってみたいと考えています。意見や希望があれば何でもお返事いただければそういう声も反映していけたらと思います。温泉旅行のつもりでどうぞお気軽に。


写真は岐阜県小坂町在住の友人夫婦、三輪大五郎君・恵美さんと優子ちゃんが来てくれた時のパパの勇姿(!)。りんごの樹が混みあってるので間伐したい畑があったのですが、樹を切り倒す仕事なら森林組合勤務の三輪君の出番でしょうと電話したら、乗鞍を越えて応援に駆けつけてくれました。やっぱプロに仕事させると違います。


樹を倒す方向もみんな決まった角度で倒れていくし、チェンソー使わせたら僕が1本やるうちに2本終わってました。ははは・・・。優子ちゃんと風和も同級生。一緒に遊ぶ様はほんと可愛いです。夜はママさんたちが子ども達を寝かせたあと遅くまで子育てや仕事のこと夫婦のこと等々を語り合いました。



業務連絡・・・剪定した桃の枝を拾ってきて、サンルームと夜はストーブの部屋に入れて暖めています。桃の節句に間に合うかはなんとも言えませんが、また様子をお知らせします。もし欲しい方がおられましたら送料負担していただければ送れるようにしたいと思っていますのでどうぞお楽しみに。

ではまた次回まで、みなさんどうぞお元気で。

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