北小倉区産廃処理施設について

---今日は北小倉区ゴミ問題対策委員会事務局長の中村享嗣(たかつぐ)さんに、これまでの経緯や住民運動の原点など、多岐にわたってお話を聞かせてもらいたいと思います。------

あの施設が、我々の暮らしに対して何の影響もない、有害物質が排出されないということなら、反対するのはエゴでしょうね。だけどちょっと話が大きくなるけど、例えばどこかの国が日本にいきなり侵略してきたとしよう、そんなこと考えたくないけど。そこでもろ手を挙げて、参りました、降参ですってやるのか、それともここを護らなくちゃいけない、好き勝手は許さないって抵抗していくのかという、今、小倉の住民、安曇野市民が直面しているのは、そういう状況ではないのかなと、俺は思っている。

何度も言うけどあの施設が自然環境や我々の生活に何の影響もない、有害物質が出ないとそんなことが一切ないなら反対運動はただのエゴだと俺もそう思う。同じ敷地内に作られたM社とA社の施設(実質は同一グループの経営体。M社の社長は元A社の社員)の現状を見ると、何人の専門家にも調べてもらって分かる通り非常に大きな有害物質を排出する危険性がある。一番危険だと言われているのがA社の堆肥化施設。

長野県北信地方に建設された堆肥化施設がこの施設にとても類似した例なんだけれど、そこで何が起きたかを調べてみると、一人は下半身不随になってしまった、さらに体調を悪くした人が5人出たと。周辺の山林では樹木が突然枯れ始めた。タンパク質が腐敗したような悪臭がものすごく、それを消すために施設内で次亜塩素を使った際に有害ガスが発生したのではないかと推察されている。だけどもそうやって健康被害を訴えても、本当に施設からの有害ガスが原因なのかときちんと認めてもらえない。因果関係がはっきりしないとうやむやにされてしまっているのが現状。だから北小倉の施設が稼働してもし被害が出てしまっても簡単にそれを排出者責任とし、稼働中止をすぐに認めさせられるかどうかはまず難しいだろう。

そこでここに住んでいる自分たちがどうしなくちゃいけないか。自分たちの生活は自分たちで守るという、当たり前のことだけどそれをやらなくちゃいけない。

例えばM社の廃材チップ化施設からは粉塵飛散で、施設の周りに住んでいる人たちは夏でも窓が開けられない、洗濯物が外に干せない、自動車のフロントガラスに粉塵が積もる、など日常生活にものすごい影響が出ている。でも安曇野市の行政に掛け合っても、ほとんど手立てはしてくれない。となれば、我々は我々の力でこの地域を護らなければならないと、今はそんな状況になっている。

行政がどうしてあんなに業者の味方になっちゃうのか、これはここだけの話じゃない。日本中こんな話はどこにでもある。経済行為優先で物事を考えていく今の社会風潮は、住んでいる人の体調が悪くなろうと病気になろうと見て見ぬふりをするケースが圧倒的に多い。手だてをとったとポーズだけはするんだよ。だけど根本的な解決を見ることはまずない。

ごみ問題の根本解決をするなら北欧諸国がやっているけれど、「リサイクル」じゃなくて「リユース」を徹底してやる必要があると思う。元を辿っていくなら国の政策に問題点があるんだと思うけれども、そんなことをここで議論し始めても仕方がない。

----今目の前にあるわれらの生活、目の前の人たちを護るのが先という訳ですね。-----

だから俺たちは立ち上がって闘わざるを得ない。なんでも反対とか好戦的な性格とかそんなわけじゃないよ。でもここで黙ってるわけにはいかないんだよ。ましてやあの地域は安曇野の最上流域にある。そしてそこに産廃の中間処理施設が出来た。もしここから有害物質が排出されるとなると、これは間違いなく安曇野全体の大問題になる。地下水に流れ込んでしまえば美味しい水で有名な安曇野の水も台無し。わさび田も大変なことになる。許認可されていることがみんな始まってしまえば、周辺数キロにわたって化学物質が飛散すると専門家たちは口をそろえて言ってる。

すぐ近隣に住居や畑を持っている我々の生活を護るということと、安曇野の上流域に位置しているということからこの安曇野市全体のきれいな空気、美味しい水、豊かな自然環境を絶対に護っていくということ、そんな大きな意味があるからこそ俺たちは立ち上がらざるを得なかった。

----具体的な住民運動の形というのはどんな形になってきたのでしょうか----

裁判をおこして、我々の主張を司法の場で訴えている。行政訴訟で3つと民事訴訟で2つ。行政訴訟というのは一つが長野県に対しての訴え、もう一つが安曇野市に対しての訴えということ。産業廃棄物処理業の許認可については県が、一般廃棄物処理業は市が許認可することになっていて、この施設には両方の許可申請が業者から出ており、それぞれ県も市も許可してしまっていることについて、不備・問題がこれだけあるのになぜ行政が許可したのかという内容。それから業者のやった防音壁のかさ上げ工事がとても危険なものになってしまっていて、これについての係争が一つ。合計3つが行政訴訟。

そして民事訴訟はA社・M社2つの会社に対して、それぞれ操業禁止を訴えている裁判。そしてその裁判に対しての反訴(逆に原告が訴えられた)という形で、もう一つ裁判が増えて合計6件の裁判を同時進行で進めている状況です。

裁判をやっていく上でなんといっても大事なのは弁護士さん。この民事訴訟裁判に全国ゴミ弁連(たたかう市民と共にゴミ問題の解決を目指す弁護士連絡会)の会長をやっている梶山先生がついてくれた。これが私たちの住民運動にとってはものすごく大きいことだったといえる。

-----どうして梶山先生、この案件を受けてくれたんでしょうか。他にも弁護士の先生が何人か関わってくれていますがそのあたりの経緯を教えて下さい----

当時の市長からは、市のやり方に文句があるなら裁判でも起こしてみろという態度で、やれるもんならやってみろと馬鹿にされてるというかナメられている状況だった。先ず地元の2人の弁護士に相談した。一番最初の(M社を相手に一般廃棄物許認可の取り消しを安曇野市に求める裁判)時だね。そうしたら、「これは原告適格の問題で裁判にならない、つまり勝負の土俵に上がれないで終わる可能性が高いから無理じゃないか」と言わてしまった。

帰りの車中で一緒に同行してくれた片桐さん・松澤さんの3人で、「さあ弱ったなあ、どうするかいなあ」とがっくり考えこんで話し合っていた時に、「伊那の方では産廃施設問題で最高裁まで行って勝訴した事例があった。そこの事務局やっている渡辺さんと駒ケ根で運動をしている竹村さんという人がいたはず。なんとかならんか相談してみよう」と話になって、帰りの車中から渡辺さんに電話をした。

渡辺さんはこう言ってくれた。「地域でいろんな問題を手掛けてる弁護士は、医者に置き換えて言えば地方でやっている診療所の先生な訳で、いろんな分野の仕事を手掛けるのが当たり前で専門医という訳じゃない。だけどこのゴミ施設問題は裁判の中でも一番難しいと言われている分野だからやはり専門家の先生に相談した方がいいんじゃないか。例えて言うなら、心臓手術を田舎の町医者がやらないのと同じだよ」。

それで高尾山の環境を護る運動で事務局長をしている東京八王子の橋本さんに相談してみた。この方は、うちにたくさんりんごを注文してくれたり、奥さんはボランティアでりんご園の作業を手伝いにきてくれる間柄だったし、北小倉の産廃施設のことも前から分かってくれている人。その橋本さんから廃棄物問題に精通しているということで東京の樋渡先生を紹介してもらった。「地元の弁護士さんに原告適格の問題があって裁判はできないって言われているが何とかならないだろうか。」と東京の事務所へ行って樋渡先生に相談したら、「ああ、大丈夫ですよ。きっと裁判にできますよ」ってあっさり快諾してくれた。

A社はその時は、県と裁判中だった。産廃施設の事業計画の承認を田中知事時代に取り消されて、そのことに対する裁判だった。それでもし県が勝訴しても、A社の身代わりのM社が代わって操業をする可能性が高い状況もあり、それまでのM社の操業にいくつも問題点があることに対して一般廃棄物許可取り消しの裁判を起こすことが必要だということで、原告になって一緒に裁判をやっていきたいという人が240人も集まってくれた。

そして樋渡先生と、一緒になってこの問題に取り組んでくれることになった岩崎先生と、いろんな打ち合わせをしながら、裁判が始まった。原告適格の問題も、裁判でそこを論点にしたい行政(安曇野市)側が主張はしたけれど、裁判官の方はさほど問題にせずこちらの主張を受け入れて本格的な審理に入ることができた。これは樋渡先生たちのサポートが本当に大きかったと思う。

そしてA社と県の裁判の判決が「どちらにも至らない部分がある」という形になって、県が敗訴した訳じゃないけれど結局産廃の事業認可が出てしまう結果になり、住民運動としてA社に対して民事訴訟での事業停止裁判をやらなくちゃいけない事態になった。その時点で樋渡先生に、「そちらの方も弁護をお願いできますか」と聞いてみたら、しばらく考え込んでからの返事が、「もし小淵沢の梶山先生がこの問題の弁護に関わってくれたなら、A社の社長は不安で夜眠れなくなると思う」というものだった。

樋渡先生がそこで梶山先生の名前を出したのは、この問題を解決するためにはどうしても梶山先生の力が必要だと感じたんじゃないだろうか。全国ゴミ弁連の代表を務める梶山先生はまさにゴミ問題の専門弁護士。この分野では日本で一番詳しく、たくさんの事例や裁判の戦い方まで本当にたくさんの知識とアイデアがある人だから、全国から弁護以来が殺到する超多忙な先生。忙しいのは承知の上だけれど、梶山先生が弁護を受けてくれるかどうかは住民運動の熱意次第、特に梶山先生はそういう人なんだと樋渡先生が言われた。

----たしかH22年の秋に梶山先生が安曇野へ講演会に来られてますね。----

それで、まずはこの現状を視察に来てほしいとお願いして、現地視察と講演会を企画して北小倉の施設を見てもらうことができた。問題点・課題など指摘してもらったりして、これで民事訴訟の弁護を受けてくれるかなと山梨の小淵沢にある梶山先生の事務所へお願いに行ったんだよ。その時は5人ばかりで出かけていったと思う。

「実はA社への民事訴訟を検討しているんだけれど、ぜひ梶山先生にこの仕事をお願いできませんか」と。だけど梶山先生、「うーん、ちょっと待ってくれ。1週間考えさせてほしい」という返事。その時の感じで、これは断られるかなって危機感をもったんだ。やっぱり帰りの車で、「いやあ、あの空気はどうもダメそうだ。これはやばい。どうするかなあ。」と話になったんだけど、何とか我らのこの住民運動に対する情熱を伝えていくしかないだろう、メールで一人ひとりが思いを伝えようって話になった。

まず片桐さんがメールを送った。「自分は安曇野の美しい自然の写真を毎日撮っている。何としてもこの自然環境を護りたい。私の残りの人生はこの運動にすべてをかけるつもりだ」。 次に和田さんがメールを送った。「私は自分の寝所をつぶしてでもこの住民運動をやり遂げる覚悟だ。そのために梶山先生にどうしても力を貸していただきたい」。 そして俺はりんご作りのことを書いた。「中村自然農園は何十年も前から除草剤をやめて、できる限り農薬散布を減らし、環境に負荷をかけずにりんごを食べてくれる人の健康を願って農業を続けてきた。これからも三郷小倉が安全でおいしいりんごが作り続けられる土地であるために全力を尽くす」。

そして俺の送ったメールのあと、少しして梶山先生から、「なんとかやってみましょう」と返事がもらえた。正直言って片桐さんも和田さんも俺も死に物狂いでメールを書いた。何とか梶山先生に受けてもらえるように必死だったと思う。そして先生にその思いが届いた時は本当にホッとした。

それから4年が経つけれど梶山先生も、俺たちの運動の進め方も評価してくれているんじゃないかと思う。2013年の夏に、全国ゴミ弁連の総会とシンポジウムを安曇野市三郷公民館で開催することを決めてくれて、全国のゴミ問題の専門家たちに北小倉の施設を視察してもらうことができた。それは梶山先生たちが俺たちの運動を前向きに捉えてくれて応援してくれている顕れだと思っている。

そんなことで行政訴訟は樋渡先生と岩崎先生、民事訴訟は梶山先生と松本の中島先生に担当してもらって、布陣としてはこれ以上ないとも言える体制で進められているんじゃないかな。

----裁判の実際の進み具合や論点などについて、少しでもわかるようにお話いただけますか。----

まず、裁判が実際どんなふうに進んでいるかを話す前に、大前提として頭に入れておいてほしいのは、「裁判に勝つ」ということと「すべて真実を明らかにしてその結果、正義・信義のある方が勝つ」ということは全く意味合いが違うということなんだ。(笑)これはやってみなくちゃわからないことでした。

裁判に勝つための資料集め・証拠集め、新聞社やテレビ局へのマスコミ対応などで世論へどう訴えていくかなど、とにかく「裁判に勝つ為には」と一生懸命考えなくちゃならない。それから裁判長がどんな人かでもずいぶん判決結果が変わってくる。こちらで裁判官を選べるわけではないからいろいろ言っても仕方がないけれど。

粉塵被害や騒音被害について、被告側は「そんな問題は出ていない、出ていたとしても軽微なもの、許容範囲である」の1点張りで主張している。実際に住んでいる人にとってはとても許容できるなんてものじゃないけれど、これは許容範囲の数値が初めから甘く設定してあったり、24時間監視体制がないこともあってちょっと詰め切れない部分がある。

だけどもこの部分では勝てるというものもある。一つは防音と粉塵飛散防止の壁の問題。建築廃材チップ化での騒音と粉塵被害を訴えていく中で業者が壁をかさ上げして造り足したものの不備と設計図の虚偽の報告については証拠写真も有り(コンクリート強度を確保するための鉄筋が設計図通り入っておらず、地震などでコンクリート壁が崩落する恐れが高い。工事途中の鉄筋が明らかに少ない写真あり)、向こうは言い訳できない状況になっている。

この点が許認可判断の材料になってくれればと思うが、行政側はなんと「壁については許認可の範囲ではない」と主張している。つまり家の周りに作った生垣のようなものなんだから施設と関係ないでしょと。普通に聞いたらすごい言い逃れにしか聞こえないよね。こちらの主張は「あの壁はただの壁ではない。粉塵飛散の防止、騒音の防止を目的に造り直された、れっきとした施設の一部である。施設に不備と虚偽があるのだから認可してはいけない」と。

そしてもう一つの争点は搬入道路の問題。あの施設には搬入道路がないんだよね。そんな不備な施設に許可を与えられますかという話。それで実際どうしているかというと施設東側の鳴沢川の堤防道路を使って建築廃材の搬入・搬出をしている。その道路はもちろん業者のものではないし、立札には「一般車通行禁止」と安曇野市の名前入りで表示してある。ガードレールなんかもついてないから川に落ちたら危険。実際に業者がトラックを川の中へ横転させる事故を起こしている。

そんな一般車通行禁止のところを堂々と大型トラックやトレーラーが日常的に使っているのに何故市は何も言わないのか。裁判の中で市はこう言った。「それは自由使用の範疇です」。 もう訳が分からなくて頭がおかしくなりそう。(笑) 不備のある施設に操業許可を与えてしまった自分のミスをどう正当化するのに必死に答弁しているようにしか聞こえないんだが、裁判官がどう判断してくるかはこれからの審理にかかってくる。

粉塵も出す、騒音もひどい、造り足した壁は嘘の図面で許可を取っていて、いつ崩れるかわからない、搬入・搬出道路が一般車通行禁止のところしかないと、これで許可できる施設と言えますかという主張が通らない訳ないと俺は思うんだけれど。

今まで説明したのは主にM社施設の建築廃材チップ化施設のこと。それよりさらに大きな危険があるのがA社の堆肥化施設という話はしたよね。でも実際今は堆肥化施設は動いてない。なぜか? その質問に答える形で、マスコミ記者にA社がコメントしている。「もし何かあったら困る」。つまりまだ裁判係争中で、その途中で悪臭だとか有害ガスだとか何か出てしまったら裁判に悪影響が出て負けてしまうから今は稼働できない、動かせないと。

何億円もかけて造ったんだろうから自信があるなら裁判中だろうがなんだろうがやればいいじゃないかと思うけど、それが出来ない程度のものなんだよね。「動かすといろんな問題が出てしまうことは社長も分かっているし、裁判中はダメだけど終わったら動かしますよ」という意思表示と俺は見ている。

今やっているのは堆肥化施設の横でダンボールとか新聞紙を圧縮梱包したり、廃プラスチックも破砕しないで袋をつめかえたりしてるだけなので化学物質の飛散とかはない状況。こちらはいろんな値を計測できる機械も購入して計ってるんだけど今のところ大丈夫。この調子でずっと行ってくれればいい。ただあれだけの規模で何億円もかけて造った堆肥化施設をずっと遊ばしておくのは向こうの経営問題としては大きいと思う。一番利益が出るのも堆肥化施設だろうと言われている。でも業者は自制せざるを得ない。これは住民運動と裁判でこの施設の問題を訴え続けている一つの成果と言えると思う。

----そのことはこれまでこの住民運動に関わってくれている人たち、カンパに協力いただいた方にもしっかり説明しておかないといけないところですね。----

住民運動のことで言うと、弁護士費用やさっき言った計測の機械や他にもこまごまとかかる経費は全てカンパ金でやっていかなくちゃいけない。北小倉区には190軒ぐらい家があるんだけれど、問題の起こったH16年から対策委員会を作って活動費として一年に5千円、裁判を始めたH21年からは毎年1万2千円のカンパ金をお願いしてるんだけれど、ほぼ8割以上の家が出してくれている。支持しているけど経済的な理由でどうしても出せないという人もいるから、実際は9割以上の人が支持してくれている。北小倉区のカンパだけでは全然足りないので近隣区や市内・県内・県外の人にもカンパをお願いして、どうにかやりくりしているのが現状だけれど。

あちこちの住民運動の様子を見ると、10年間続けてある程度の負担金も被りながら支持者が9割いるというのはすごいことだとこれまで各地で運動してきた人や専門家が言っている。ゴミ問題対策委員会を立ち上げたころは区長経験者に呼ばれて、「おい、お前たちがそうやって問題だ問題だって大騒ぎするから区の中がぐちゃぐちゃになっちゃうぞ。まずはやらせてみて問題が起こったら注意したらいいじゃないか」ってずいぶん言われた。

でも調べれば調べるほど被害が出てからでは遅いということがよく分ったから、絶対に被害の出る前に稼働阻止することを目的にやってきたし、そういう気持ちで力を合わせてやってくれる人が大勢いたのが大きかったと思う。だって足尾銅山の鉱毒でも水俣の有機水銀でも、被害が出てから正式に認定されるまで数十年かかってる。今回の原発事故でも東京電力が出した放射能で甲状腺ガンの人が増えたりすることがあったとしても、その因果関係を簡単に認めてくれるかと言えばそうはならない。そんなことを考えてみても、被害が出る前に危険性があるものはなんとかするっていうのは絶対譲れないところだったと思う。

行政関係や議員の中にも結構いろんなウワサを立てられたな。言葉は悪いけれど安曇野市の番犬、長野県の番犬のような議員さんからは、「一部の人間が北小倉を牛耳って過激な住民運動をしている」とかなんとか・・。そういう見方・レッテルに当てはめようとあちこち吹聴されていく感じが多々あった。

だからこの前の市議選で住民の声を議会に届けてもらえるように、誰か立候補してもらいたくって、この人はと思う人に頼んで回ったんだよ。だけど北小倉で5人回ってみんな断られちまって。最後は望くん(安曇野地球宿の増田望三郎さん)がやるって言ってくれたからよかった。彼が市議に立ってくれて、一番よかったと思うね。あれだけ自分からどんどん動けるとは思ってなかったもの(笑)。 

----先ほど言われてた地元の結束というか、当初は組織の切り崩しの為に「反対運動をすると北小倉区に20億円の賠償金が来るぞ」とかとんでもない情報が流れて、住民運動グループを分断しようという圧力が結構あった訳ですが、それが10年以上継続して一枚岩でやってこれたポイントはどんなところでしょうか?---

それはやっぱり学習していくということに尽きると思う。正しい知識や情報をみんなで共有して学習して理解していくということが何より大きな力になったと思う。それからこういう地域だから隣近所の人間関係が濃いでしょ。俺も若いころはそういう濃密な人間関係が嫌で嫌で仕方がなかった。実は青年団にも消防団にも入らずに、松本に住んでホテル勤めをして、あんまりこの辺りにウロウロしてたくなかったんだ(笑) でもね、りんご畑を継いで小倉に戻ってきて、この問題が10年前に起こってからつくづく身に染みて感じるのは、自分たちの地域を自分たちで守っていくなら、隣近所の付き合いは絶対密にしていかなくちゃいけない。北小倉だったら元旦の朝に御柱(おんばしら)を立てる行事に皆が総出で出てきたり、鎮守山に桜が咲いたらみんなで花見会をしたり、昔から続けてきた伝統とかも大切にしていった方がいい。近隣の人との付き合いを大切にする、濃くするってことが実はその地域を皆で守っていくということにものすごく直結していくんだってことにようやく気付くことができたかな。だから皆さん、自治会には入って下さいね。(笑)

----地域を自分たちで守っていくには、近隣のお付き合いが何より大切だと。なるほど大切な視点だと思います。-----

そう思うよ。自治力とでもいうか。それが薄くなってるところほど隙を見せたらすぐに付け込まれる。行政がちゃんと考えてるだろうからなんて人任せにしてたら大変なことになってしまうのは目に見えてるからね。

----今日はたくさん話を聞かせていただき、ありがとうございました。弁護士さんを誰に頼めばよいかというところの話でも、中村さんの取り組んできたりんご作りに共感してくれている人からのつながりでいい先生と巡り合っていたりと、同じりんご農家の僕としては、大先輩の話から多くのことを学んだように思います。感謝いたします。-----

(文責 おぐらやま農場  松村暁生)




5月18日 トマト定植

今日は雨前適期のトマトの定植。
3500本の苗を植え切りました。

ウーファーさんも最高にがんばってくれました。ありがとう。

5月19日トマト定植1
トマトの苗です。これが大きくなって30個以上のトマトがとれるようになります。

おかげさまで今は夜中ですが、雨がたっぷりと降っています。

これだけ降ってくれると定植した苗もしっかりと根付いてくれそうです。

5月19日トマト定植2

ビニールハウスで育てていた苗ですが、いつもずいぶん大きくなったと思っても畑に植えると
まだまだちっちゃいですね♪♪

保育園を卒業するときには大きく頼もしく見えた年長さんが、小学校にいくとかわいいちっちゃい1年生に
見えるのと同じ感じです。(笑)

【今日の学び】
そのステージ、ステージで適した場所がある

【魔法の質問】
どんなステージにいきたいですか?

りんごの木のオーナーさん募集中です。

朝から元気7倍!無農薬トマトジュース

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Ogurayama Friends 2015年3月号ニュースレターよ

今回は中国から日本に1年間研修に来ていたワンさんのお話です。昨年の夏と秋の2回に分けて合計2か月ほどをおぐらやま農場で過ごし、りんご栽培の研修をしました。先日、最後のお別れといって、再度安曇野を訪れてくれたのですが、農場主・松村が、改めてワンさんにインタビューをさせてもらいました。


----今日は改めてワンさんからいろいろなお話を聴いてみたいです。まずは自己紹介からお願いできますか。

はい。私はワン・ヤン(汪洋)と申します。昨年3月に中国の煙台(イエンタイ)からきました。中国では日本のY総業の中国工場で働いています。5か月間、日本語と日本の文化について研修しその後工場の現場研修をしました。今35才ですが、4年前に結婚して、妻と小さな子どもを中国において、一人でこちらに来ています。

----会社の方から、今回の日本行きの話があったと思うのですが、どんな経緯だったのですが?

5年ほど前に実は会社から行ってみないかと一度話がありました。が、その時に私の母親の具合が悪くて、それでお断りしたことがあります。そして今回もう一度話があり、このチャンスは大切だなと妻や私の家族も支持してくれています。私の実家は煙台の近くの村でさくらんぼ農家をやっていますし、妻の実家はもう少し田舎に行ったところでりんご農家をしています。このあたりは中国の中でも一番りんご栽培の盛んな場所です。

----ワンさんが日本に来る目的にしていたことはどんなことだったんでしょうか。

尖閣諸島の問題などで政府同士ではとても仲の悪い状況が続いていました。テレビのニュースでも日本を悪く言うことをたくさん聞きました。が、会社の上司は日本人がたくさんいますし、本当にそうなのかなと思っていました。中国人と日本人では考え方が違うのは当然ですが、それがどう違うのか、これが一番知りたかったことです。実際に体験したかったのです。

----実際にどうでしたか。どんな違いを感じましたか。

日本に来て一年間、日本人と暮らしました。こちらの人は真面目です。仕事についても、他のことについてもです。(ワンさんだって、とても真面目なひとだなあと僕は感じていますよ。) そうですか。きっと中国人の中では、私も真面目な人と言えるかもしれませんが、こちらの人はもうほとんどの人がそうで、真面目が普通。これが一番強く感じた日本人の印象です。 だから日本の製品が優秀なんだなと納得しました。

----ワンさんがおぐらやま農場に来ようと思ったキッカケを教えて下さい。

今回の1年間のうち、5か月間が日本語と日本文化を学ぶという目的でしたが、一人ひとり自分のテーマを考えるのです。私の実家も妻の実家も果樹農家ですし、特に妻の実家はりんご栽培をとてもがんばってやっていますから、日本のりんご農家がどのような栽培をしているかについて、関心がありました。中国のりんご農家はとても大変だと思います。一生懸命働きますが、あまりお金が入りません。私は日ごろは会社に出て働きますが、週末になると時々手伝いに行くこともありますし、私が定年したらそのりんご園を私がやらなければならないかもと考えますので、日本に来たチャンスにこちらのりんご栽培方法などを見てみたかったのです。

そして日本の研修先、静岡の「地球人村」という言語教育機関の先生と相談し、インターネットでウーフの活動を見つけました。長野県はりんご農家が多いということで、まず「安曇野地球宿」の増田さんのところに来て、紹介してもらったのが「おぐらやま農場」だったという訳です。

----おぐらやま農場での研修はどうでしたか。ワンさんにとって役に立つことはあったでしょうか。

「炭素循環農法」ということについて学びましたが、そのようなやり方を初めて聞きましたし初めて見ました。これはいいなあと強く感じました。青森の木村さんの本を読んだりしましたが、本当に農薬も肥料も使わずにりんごができるのかなあという気持ちと、成功して農法を転換し終えるまでの長い間、どうやって農家が生活したらいいのかも分かりませんでした。

松村さんはりんごの木に無理をかけていないように見えました。そして農家経済にも無理をかけないように考えています。松村さんのやっている炭素循環農法はそんな感じを受けました。肥料を使っていませんし、まだ無農薬ではありませんがとても少なくしてやっているけれど、りんごの風味、味と香りがものすごく良いのです。ほかで食べるりんごと全くちがうことに驚きました。中国のりんごと比べてもちがいます。とてもうまいのです。

2か月以上暮らしましたからここで作られる農作物をたくさんいただきましたが、どれもうまい。それはここの畑・果樹園がみな炭素循環農法に切り替えているからです。自然農法とよく似ていますが積極的に土づくりをすることで転換するスピードが上がりたくさん取れるようになるのだと思います。ですから生産農家にとってとてもメリットがあります。世界中の農家がこうやって農業をやれば世界中の人が元気になれるのではと思います。

----農場に滞在して心に残った出来事やエピソードなどあったら教えて下さい。

おぐらやま農場に滞在した2か月間、私はとても元気でした。健康的な食べ物をずっと食べましたし、中国の会社では技術資料を作ったり経理関係とかパソコンでの仕事が多く、あまり体を動かしていませんでしたが、ここではいつも太陽の下でのびのびと体を動かすことができたのです。ウーフは作業時間も6時間だけで、自分の時間も余裕を持って取れますし快適な毎日でした。たくさんの海外からの人と交流でき、ここで出会ったスタッフの人や松村さんの友人たちは皆優しくて気持ちのいい人ばかりでした。

そして松村さんが作物たちを見るときの感じが自分の子供を見ているみたいです。ミネラル水をかけてやったりいろんな管理作業をしますが、精神が伝わっていくような感じなのです。なぜりんごたちが美味しくなるのかわかる気がしました。

----中国にいよいよ出発ですが、これからやっていきたいことを教えて下さい。

おぐらやま農場でこの農法と美味しいりんごに出会って、帰ったら会社を辞めて自分のりんご農園をやろうかなと、一度本気で考えてしまいました。(笑)(それはまずいでしょ、ワンさん!)が、そのあと工場の現場研修を3か月間やっているうち、「会社の為にもうちょっと頑張らなければ」と考え直しました。(笑)(ああよかった。) 一生懸命働いてお金が貯まったら少し早く退職して、将来りんご農家になって美味しいりんごを作ってみたいと強く思っています。

----日本に来る前は親がやっている農家の仕事をどんな風にみていたのでしょうか。

正直に言うと農家はイヤだなと思っていたのです。これは中国の若い人たちの気持ち、ほとんどがそうです。都会の生活が便利で楽で、お金も稼げる。田舎には残りたくない。でも親が続けているし少しでも楽なりんご栽培の方法はないかなと思っておぐらやまへ来たのですが、今は全然気持ちがちがいます。ここへ来て農業という仕事がとても魅力的で誇りを持ってやれることに変わってしまったのです。 (終)

120歳まで健康に生きる道 20  2015年3月号ニュースレターより

「なんのための健康?」

ある方のお話を音声で聞いていました。そうしたらこんなお話をしていました。「物事が続くかどうかは、その物事を続ける理由がはっきりしているどうかで決まってくると。」「そのためには、その続ける理由をまずしっかりと考えた方がいいよ」とおっしゃっていました。

ふと健康でいたい目的を考えました。もともとの健康でいたいと思ったのは、子育てをとにかく楽しくしたい、ということがはじまりでした。子どもたちがまだ赤ちゃんのときに乳腺炎になったり、風邪をひいたりしたときに、その大変なこと、大変なこと。子どもが小さい時には、ちょっとした体調の悪さがしんどさに変るんですね。ゆっくり寝てられないですから。元気が一番!って思いました。そんなことがあり、いかに体調をくずさずに毎日を過ごせるかということに気をつかってきました。そして、その次に思ったのは、「いつまでもやりたいことを思う存分にやりたい」という気持ちです。旅行に行ったり、山に登ったり、畑で自家菜園をしたり、英語を勉強したり、ママさん飲み会したり(笑)。。。どれも長く健康でいられれば 、より長く楽しめることばかりです。

ともすれば、健康が目的になってしまい、そのために「あれはだめ、これはダメ」となってしまってはもったいないなという気がするのです。自分なりの健康に過ごす基本があって、そこからたまには外れてみる。そんなゆる~い感じにずっと健康でいられたらって思います。といいつつ、最近は飲み会が楽しすぎるので、ほどほどに~。 季節の変わり目にむけて、体調調整もしていきたいですね。皆様もご自愛ください。

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ふじりんご保存がついに6か月目に突入!!

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 信州安曇野から幸せの風をお届けする
         お百姓発のメールマガジン 


 おぐらやま農場だより その228  2015・05・03
 
   
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*おぐらやま農場ブログ・「おぐらやまハッピーライフ」 
テルミさんの綴る農場の暮らしあれこれ。たくさんの写真と共にどうぞ。
りんごの花が満開です。
http://tsuiteruogurayama.blog81.fc2.com/


*おぐらやま農場映像だよりon YouTubeで.
畑の中に鉄のツメを差し込んで、地面を割っていくサブソイラという機械。
地面を割ることで畑の中に空気を呼び込みます。炭素循環環境には十分な
空気が必要。炭素分を分解し始めるキノコ菌は動物と同じように呼吸をし
ているからです。空気とエサと水分と。畑をやっていくということは動物
の飼育とよく似ていると15年前まで牧場で働いていた農場主は思うのでした。
https://www.youtube.com/watch?v=obVK7YXLRnM



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< 農産物最新情報 >

*まるかじりりんご(小玉)が発送できます。冷蔵庫にのこり15ケース
あります。希望の方はお早目にお知らせください。まだまだかたくて美味
しく食べられます。詳細は本文にて。
http://www.ogurayamashop.com/category/10/


*人参はほぼ終了です。。A品・B品共に、今年は皆さんにたくさん使って
いただきました。低農薬栽培でりんごをお届けしている私達のところには、
当初から「無農薬栽培で作った人参はないのですか?」といったご意見、
相談がよくありました。おそらくゲルソン療法や石原結實先生の著書を
読んだ方が生ジュースを毎日作って飲む為に、そのような相談をしてくれて
いるんだなとすぐに理解できました。本来なら年中通して発送ができる体制
を整えられれば最高なのですが、まだそこまではできません。大病をされて
の予後など、健康回復の為の食材としてもっと使ってもらえるよう農産物の
内実が問われていることを思います。


*「ふじりんごのりんご狩り会員」
http://www.ogurayamashop.com/item/o-na4/

*「秋映りんごオーナー会員」
http://www.ogurayamashop.com/item/o-na3/

*「年間コース会員」
http://www.ogurayamashop.com/category/16/

それぞれ募集しております。どれもまだ十分に受付できますので、どうぞ
ご検討下さい。詳細はウェブサイトにてどうぞ。


*5月・母の日、6月・父の日などの贈り物の時期、おぐらやま農場の
100%ジュースセットを注文される方が増えています。5種(りんご・
トマト・人参りんご・洋梨・ミックス)のカラフルな組み合わせ自由です。
http://www.ogurayamashop.com/category/24/


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< ふじりんご保存がついに6か月目に突入 >

11月中旬~下旬に収穫したふじりんご、ついに保存期間が6か月目に入り
ました。就農して14年間、5月に入ってまだりんごの出荷をしている記憶
がありません。がんばって4月初めごろまでだったのが現状ですから今年の
りんごの元気度はどう説明していいのか、言葉に迷います。


「まるかじりりんご」と呼んでいる小玉りんごの方が、ボケてくるのが遅い
ので、おぐらやま農場では、大玉・中玉・家使い用を先に発送して、まるか
じり用を後から出荷しています。冷蔵庫に保存しておいたものを出荷前に出
してきて、傷みがでたり軟化が始まっていたりするものを選別しますが7割
程度は美味しく食べられます。


今年は信州蓼科のアップルパイを作って販売しているお菓子屋さんが加工向け
りんごをとってくれています。「信州安曇野産・サンふじ」を原料に使うこと
にこだわりがあり、この時期までサンふじの在庫を持っている農家さんという
ことで、私たちに声がかかりました。東京や大阪の方までパイを運んで販売し
ているそうです。


ゴールデンウィークから5月いっぱい、大阪のあべのハルカスあたりのイベ
ントでたくさん出すので在庫全部出荷して下さいという話なのですが、まず
「林檎がそこまで持つかな」という心配。加工向けなので、パリッとかたく
なくてもいいのですが、傷み・くさりが出ないことが最低条件。しかし今年
の様子をみていると、あと1か月なら十分大丈夫、と思えます。


こうやって長期間の保存に適するというりんごの要素が、寒い地方に暮らす
私たちにはぴったり合っているように思います。今でこそ流通の発達で、
日本中はおろか世界中の農産物がスーパーには並んでいますが、一昔前なら
冬の間から春先まで新鮮な野菜は手に入りにくいのが寒冷地の常識で漬物に
した大根や白菜、野沢菜たちが食卓の主役だったわけです。そして春まで美
味しく食べられるりんごがあることは、神様のプレゼントに思えてきます。


長期保存しても品質が落ちない、腐りにくいりんごになってもらうには何と
言っても肥料をやめることでしょうか。まず腐りにくい発酵土壌を用意し、そ
の土壌環境の上に腐りにくいりんごの木が育ち、腐りにくいりんごの実がつ
いてくれる。でも自分の頭の中が腐っていたら何も始まりません。自分の思考
を「腐敗でなく、発酵する考え方」ができるようになるにはどうするか。まだ
まだ課題は続きます。


いよいよあと15ケースほどになりましたので、ご希望の方はお早目にお知ら
せください。ゴールデンウィーク過ぎには終了になりそうです。加工用りんご
はもう少し続けられます。


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先回テルミさんの方からお知らせした、webmixs(ウェブミックス)の無料モニ
ター登録、大勢の方が登録していただいたようで、本当にありがとうござい
ました。誰しもが望む「健康」の本質を見つめる良い機会となるのではない
でしょうか。僕自身も登録して、送られてくるメールからの音声レポート、
動画などじっくり聞かせてもらっています。 
http://webmixs.space/

それではまた次回まで。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

5月10日 満開のりんご畑

シナノゴールドの畑、満開です。力いっぱい出し切るという言葉が浮かんできました。

りんごの花って可愛いんです。ピンク色や白色、品種によって違います。りんごの受粉に最適な温度って?今年のゴールデンウィークはりんごの受粉にとっては最高の気温でした^^
受粉のはじまりと終わりの見分けかたも紹介しています。

5月8日 畑の中に空気を呼び込むサブソイラ

炭素循環環境には空気がいる。炭素分を栄養にして増えていくキノコ菌は動物のように呼吸をしているから。空気と食糧としての炭素分、そして適度な水分。

動物の飼育員になったつもりでお世話をしないと畑たちは応えてくれない。
そのためにすることは?
こんな工夫をしてみています^^



120歳まで健康に生きる道 ~21~ 2015年4月号 ニュースレターより

「次世代の健康法」

先月は、愛知県の豊橋まで行ってmixs(ミックス)主宰・松本孝一先生の呼吸法の実践をしてきました。夏に安曇野まで来てくれて、セミナーをしていただいたあの先生です。先生にかかるとどんな病気の方も治っていってしまうので、不思議です。

私が行った時には、パニック障害の方、アトピーの子ども、腰痛持ちだった方たちが実際に治った喜びを語ってくれました。腰痛で立つことのできなかった方が普通に歩けるようになったというからびっくり! 10年来治らなったものがほんの3~4か月で治っていく・・・。しかも薬などを使う訳ではないので、副作用なし。目の前で元気そうに動いている方がそんなに動けなかったなんていうのは、その時だけをみてみると信じがたいのです。(笑)

先生の言っていた言葉で印象的だった言葉があります。「いつでもなりたい景色を思い浮かべること。その景色を思い浮かべることが出来れば、<治ろう、治そうとする意志>が働きだす。」

すいません。本当はもっとかっこいい言葉でした。お話を聞いているときには、病気のなりたち、身体のこの部分がうまく働いていないから、次はここが悪くなっていく・・・・など身体の仕組みにすごく納得できるのですが、まだ自分でそれを語るまでにはいきません。

豊橋まで通いたいけど、なかなか通えない方のために、You tube やメールマガジンなどもはじめていっているようなので、気になる方はご覧になってくださいね。

http://webmixs.space/

私は、先生に言われている呼吸を1日3分から5分でいいから毎日実行することがテーマです♪♪
よろしくっす!!

おぐらやま農場

Author:おぐらやま農場

こんにちは、おぐらやま農場のてるちゃんです。
毎日の農場の様子をお伝えしていきます。
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