88(はちはち)インタビュー 松村暁生(おぐらやま農場) 2008年10月

88(はちはち)インタビュー 松村暁生(おぐらやま農場) 2008年10月

88記事


りんご作りを一生の仕事に。

長野県安曇野。松本盆地の西一帯に位置する扇状地。北アルプスの山々から湧き出た清流が土砂を集めて傾斜のある山肌を下り、やがて扇のように広がっていって誕生した。ゆるやかな傾斜のすそ野から東を眺めると地元の人が東山と呼ぶ筑摩山地などの雄大な景色を見ることができる。一方北アルプスは西山と呼ばれる。


西山の扇状地、特に安曇野の大部分を占めるせん扇央部は、稲作には不向きとされてきた。昼夜の寒暖差が大きいところから、果樹、特にりんごに適した場所として古くから栽培が行われてきた。
北アルプスの豊かな自然をバックボーンに抱えた安曇野は<新日本観光百選>に選ばれるなど観光地としても人気が高い。「安曇野わさび田湧水群」は環境庁から名水百選に選定されている。また自然やスローライフを求めた移住者が多いのも安曇野の特徴で、2001年をピークに毎年人口が減っている長野県にあって安曇野は微増を続けている。


そんな安曇野に松村暁生さんと輝美さんの夫妻がやってきたのは9年前のことだった。当初は牧場で働くために安曇野に移り住んだ。


「高校を中退して牧場で働くことになったんです。農業高校に通っていたんですけど、早く現場に出たくなってしまって。北海道や兵庫、長野などいろんな牧場で働きました。安曇野の牧場が求人をしているということを聞いてここに来たんですよね。何千頭もの乳牛がいる、いわゆるメガファームってところでずっと働いていたんです。僕は繁殖の担当だったから、家畜の人工授精とか体外受精とか、そんなことを若い頃からやっていたんですよ」
安曇野に来る前年に輝美さんと結婚。牧場を転々としていくうちに、酪農への疑問を抱くようになっていった。


「僕が酪農の仕事をするようになった頃は、1頭が1日に30キロの牛乳を出せばすごいと言われていた時代だったんです。15年牧場で働いているうちに、50キロ、60キロも出す牛が現れてきた。酪農って実はアメリカやイスラエルではバイオテクノロジーの英知を集めた産業なんです。家畜繁殖のためにはDNAをいじることもあるし、搾乳施設やシステムにもあらゆる科学をつぎ込んでいる。生産コストを下げるために飼料はほとんどが外国からの輸入になり、糞尿が農地に投棄される。大規模農場ほどそうなってしまう現状をすっと見ていたし、若い頃の僕もそんな利益追求の酪農に染まっていました。


けれど徐々に「こんなことを続けていて、自分に未来はあるのか?」って思うようになっていったんですよね。ちゃんとやりがいもあって一生続けられる仕事を自分で見つけないと、嫁さんを幸せにできない。そんなことを思っていて、何をしたらいいんだろうって真剣に考えていました。」


牧場に務めるかたわらに土地を借りて野菜作りを始めた。安曇野、特に旧三郷村には新規就農者を受け入れる土壌があったという。家庭菜園の畑を借りるために地元の農家さんと知り合いになり、その農家さんの畑で作っているりんごを口にした。


「すっごい美味いんですよ。こんなにりんごって美味かったっけと思って、本当にクラクラきちゃったんですよね。りんごの味に感動した。自分の常識にはない味に出会ったんですよ。これなら自分の一生の仕事としてやれるんじゃないかって。 ちょうど誰もやらなくなってしまったりんご畑があるっていう話もいただいて、それで一気にりんご作りに流れ込んでいったっていう感じなんですよ。」


そして松村さんは家族経営の<おぐらやま農場>というちいさな農場を始めた。1年目は「勉強のため」に、農薬をかけるタイミングなど農協が作った暦通りに行なったという。ただし化学肥料と下草を生やさないための除草剤は使わずに堆肥と鶏糞でまかなっていた。


「2年目以降は、農薬を半分以下にするって自分で線を引いたんですね。自分のやってみたいりんご作りを試してみたかった。だけどもそんなに甘いものじゃないということはすぐに分かりました。3年目は特にひどかったですよ。お盆すぎには葉っぱが病気で落っこち始めて、9月になると「もう冬か?」って感じになっちゃって。まだ葉っぱで光合成をしてりんごが成長しているはずの時期なのに、枝についているのは実だけ。だから実が大きくならないんです。味も甘くない。そんな大失敗から教えてもらうことが多かったです。


自然から教えられること、人から教えられること・・・。そんなりんごしかできなかった時でも応援してくれるお客さんがいた。その人たちの応援があったからこそ、今があるのだと思います。本当にありがたかったですね。その後、徐々に技術的にもメドがついてきて、現在の農薬使用量は当地標準の3分の1以下です。


僕が今、参考にやっているのは自然農業と言われている韓国のチョ・ハンギュ先生が提唱した土着微生物や自然由来のものを組み立て組み合わせて堆肥や液肥を手作りする農法です。黒砂糖で野草を発酵させたりするんです。私は4年前から自然農業を始めたんですが、どうにか少しは安定して収穫できるようになってきました。」
(このインタビューは2008年10月のもの。その後2009年秋に「炭素循環農法」と出会い、2010年シーズンからは全面的に「炭素循環農法」へ転換中。詳しくは別項「炭素循環農法へ転換中」を参照下さい。)


WWOOFのホストとして社会とつながる


WWOOFにホストとして登録したのも、その4年前だという。現在の住まいを見つけ、ウーファーを受け入れる準備が整ったことがきっかけだった。WWOOFとは、簡単に行ってしまうと<食事・宿泊場所>と<労働>を交換するシステム。3度の食事と寝る場所がウーファーに与えられ、ウーファーは受け入れ先となるホストに労働として返していく。WWOOFとは<Willing Workers On Organicfarm> 。つまり<有機農場で働きたい人たち>のための金銭を介在しないシステムだ。(現在はWWOOFのスペリングは同じだが、<World Wide Opportunities on Organic Farms>との言葉を当てている。 の文言が、海外からくる人たちの税関での説明時にあらぬ誤解を受ける原因となってしまった例があるそう。)


「WWOOFは可能性のあるシステムだと思うんです。僕らみたいなよちよち歩きの百姓でも、みんなが助けてくれる。来てくれる人材にしても優秀な人が多いですよ。お金目的でない理由で農家に入るっていうだけでかなり選ばれている気がします。」


最初の年は50人を受け入れた。その人数は毎年少しずつ増え、4年目の2008年は80人くらいが予想される。平均で一人がおぐらやま農場に滞在する期間は2週間程度。常に何人かのウーファーが滞在しているのが実情だ。現在日本でのホスト数は400ほどにのぼる。


「最初はね、最初っていうか今もそうですけど、お手伝いに来て欲しくてホストを始めたんです。ただ4年もやっていると、それだけではないものがやっぱりあるんですよね。どっちかがどっちかを利用してやろうと思って成り立っているものではないんです。ウーファーさん自身のやりたいことや目的に応えてやることがホストの仕事だし、そうすることによってウーファーさんの満足につながって農場のいい仕事になってきます。時代背景もあって、農業をしたい、田舎で自給自足的なライフスタイルで暮らしたいという方が増えています。WWOOFをして、いろんな話を聞きたいという人は多いですよ。そんな人たちにとって、お手本にはならないかもしれないけれど、一つのケーススタディにはなると思います。一人一人のウーファーさんと真摯に向き合うことで自分たちも社会とつながっているんだなっていう安心感もあります。そんな日頃の自分たちの暮らし方をきちんと設計していけば、地域の人たちとも、世界の人たちとも心の手をつないで生きていくことができるんじゃないかと。日常生活での社会とつながっている実感が毎日暮らしている安心の基になっている気がします。」


安曇野は、WWOOFホストの登録が最も多い地域の一つだ。松村さんが地元の友人たちに呼びかけたことによって安曇野でのホスト登録がずいぶん増えた。安曇野が「WWOOFビレッジ」として元気になっていく。松村さんはそんな夢も描いている。

農業を続ける理由


「農ある暮らしではなく、僕は農業を仕事としていきたい。そういう立場で世の中の役に立ちたいんです。」
一生の仕事を志し、農場を始めたのがちょうど30歳のとき。それから8年。目標とする到達点が山の頂上だとすると、やっと山の登り口が見えたような状態だと松村さんは言う。


「農業をやっていると大変でしょうとよく言われます。でもどの仕事も大変だと思いますし、人間誰しも世の中でみんなの役に立てるようにこの世に生まれてきて自分の仕事を見つけてやっているのだと思います。僕の場合は、安心して美味しく食べられるものを届けられる百姓になりたい、ならなくちゃと。それが僕の仕事です。


お客さんに喜んでもらえるものを作りたい。美味しいって喜んでもらいたい。それだけなんです。好きでやれているのは本当に幸せなことです。この商売をしている限り、食卓は豊かですよ。自分たちで世話をして、力を合わせて作ったものを自分たちで楽しもうという贅沢。この贅沢はお金では絶対に買えないもの。だから1日1日を大切にして、季節を味わいながら毎日を積み重ねていく。「今日は新米よ」とか「お彼岸だからおはぎを作ったわ」とか。そういうありふれたことを子供たちやウーファーさんと食卓を囲みながらしゃべる。やっぱり食卓が僕らの暮らしの結晶ですからね。ここに一日3回平和な空間があるんです。それが一番の幸せです。」


畑や田んぼでは、松村さんや松村さんの家族、そしてここで幸せな時間を過ごしていったウーファーさんの手塩にかけた農作物がなっている。りんごも赤く実っている。豊かな日本の原風景がそこにあった。

(文・宙野さかな  写真・見城了)

テーマ : オーガニックライフ
ジャンル : グルメ

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